就学率 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】 

2024.05.02

2-1-4 就学率

 2020年度の就学率を見ると、表2-4に取り上げられた全ての国・地域で初等中等教育段階の就学率はほぼ100%を達している。これは、現代において初等中等教育は普遍化され、一部の教育段階を除いても基本的に義務化されており、該当年齢人口の全員が学校制度に属すことを表している。初等中等教育段階で100%を超えている場合は、統計が通常の年齢よりも早い又は遅い入学や原級留置等を理由とする該当年齢以外の在籍者を含む総就学率(Gross Enrolment Rate)であるからである。日本、韓国、台湾のようなアジア諸国・地域では、在学年齢がほぼ固定しており、年齢と学校段階がほぼ一致しているため在学者数を該当年齢人口で除すことで純就学率(Net Enrolment Rate)を算出することは容易であるが、それ以外の国では、就学年齢が通常入学する年齢に前後するなど、就学年齢が一定でないため、在学者数が就学相当年齢の人口を上回ることがあり、100%を超えた就学率となる。そのため初等中等教育段階における義務教育が普遍的であっても各国・地域の学校制度により就学率は異なってくる。

就学前教育が義務であるフランスやスイスでは、同教育段階の就園率は100%を超えている。また、デンマーク、スウェーデンなどの北欧の社会福祉が手厚い国や、かつて社会主義体制であった東欧諸国や社会主義体制である中国などの女性の社会参加を補助する幼保一元化が達成されている国では、就学前教育の就園率が高い値を示している。他方、初等中等教育に比べて低い数値から、就学前教育が義務化・無償化されていない国・地域の存在が窺える。しかしながら、『OECD保育白書2017年版』は、「各国は、社会的流動性を高め、あらゆる子供が自分の能力を最大限活かす機会を得られるように、安価で質の高い早期幼児教育・保育(Early Childhood Education and Care , ECEC)を提供する取り組みを強化するべき」と就学前教育段階の強化を提言しており、その理由として「PISA2015」の調査結果で、ほぼ全てのOECD諸国で、ECECを受けたことがある15歳の生徒は、ECECを受けなかった生徒よりも良い成績を上げている」ことに触れている。ただし、就学前教育については、子供の発達段階に合わせた内容が重要であり、例えば、中国で問題となっている幼稚園段階で小学校の内容を学習する「小学校化」のような学力(認知的能力)に偏重した早期教育ではなく、社会に参画する上での安心感や自己と他者の感覚、自己肯定感などの非認知的能力の開発につなげていくことが重要である。近年の科学技術や情報通信技術の発展に伴って各国・地域では高度人材の育成に力を入れており、その育成段階として高等教育に焦点があたりがちであるが、就学前教育段階における非認知的能力の開発は、その後の学力やイノベーティブな思考に結びつくものであり、高等教育と同様に重視すべきである。

 中等教育段階で140%などの就学率を出している国があるが、これらの国では修得主義に基づく原級留置が実施されている可能性がある。我が国では履修主義から年齢と学校段階が一致し、ほぼ100%の就学率を示している。履修主義では学力が適切な在学期間に修得されないまま進学するのではないかという指摘があるが、原級留置を行って特定の教育段階の在学率を上げた場合、有限の教育資源をどのように配分すべきかという課題が存在するだろう。また、個々の子供の発達はそれぞれであり、子供の発達に合わせた学習の提供の方が原級留置よりも効率性は高いのではないだろうか。その観点で日本の学習指導要領は、「各教科等間の内容事項についての相互の関連付けや、教科横断的な学びを行う『総合的な学習の時間』など」による教科間の横のつながりとともに、初等中等教育の出口で修得しておく能力を明確にして各学校・学年段階で学ぶべき内容を柔軟に見直すなどの発達段階に応じた縦のつながりを重視するなど、縦横の連関によるインプットとフィードバックを行うサイクル的で構造的なカリキュラムを実施することで質の高い効率的な教育を実施している。

 なお、諸外国には就学義務がある国とフランスなどの就学義務がない国がある。就学義務がない国では学校に通わずにホームスクーリング等の多様なオルタナティブ教育を受けることが可能である。2021年度(令和3年度)「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」では、小学校及び中学校で約24.5万人の児童・生徒が不登校となっており、現在、我が国では不登校が大きな問題となっているが、諸外国・地域には、国土が広大であったり、人口密度が少なかったりすることで学校設置や通学が困難な地域が存在し、そこでは就学義務の遂行が困難である代わりに、特定の学校に在籍登録してリアルタイムで配信される都市部の学校の授業に参加するなどの様々なオルタナティブ教育を受けることができる。就学義務を柔軟に解釈して多様な学び方を用意することで不登校という概念自体を改善していくことは可能ではないだろうか。

参考:「OECDウェブサイト「早期幼児教育・保育の改善で、より多くの子供を成功させ社会的流動性を高めることができる」(https://www.oecd.org/tokyo/newsroom/improve-early-education-and-care-to-help-more-children-get-ahead-and-boost-social-mobility-says-oecd-japanese-version.htm)2023年8月14日閲覧」、「日本経済新聞社編、2023『「低学歴国」ニッポン』 日経BP日本経済新聞出版」、「文部科学省ウェブサイト「新しい学習指導要領等が目指す姿」(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364316.htm)2023年8月23日閲覧」、「文部科学省ウェブサイト「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)について」(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1397802_00005.htm)2023年8月23日閲覧」

(新井 聡)

本稿の内容は文部科学省を代表するものでなく、執筆者が公表資料等を参考に執筆したものである。

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