オンライン教育 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】

2024.05.07

2-1-9 オンライン教育

1.教育の情報化と1人1台端末の実現にむけて

社会の情報化やグローバル化により、諸外国・地域では教育の情報化を1990年代以降非常に重視している。21世紀型スキルとして情報リテラシー・ICTリテラシーが含まれたことから児童生徒への情報端末の整備、電子黒板やデジタル教科書の普及などの環境整備が進むとともに、情報関連のカリキュラムが構築された。例えば英国では2013年から初等中等教育における必修教科として「コンピューティング」を導入して、教育の目的をコンピュータの使用方法の練習・習得からコンピュータを用いて何かを創出するスキルの修得へと変化させ、同教科はコンピュータ科学の原理やコンピュータの仕組みの理解やプログラミングを含むものとなった。このような21世紀型スキルに対応する情報教育の変化は、個々の児童生徒の独創的な課題に対処するためにも1人1台端末が必要となり、諸外国・地域では情報機器の整備が進んだ。多くの国・地域では家庭で購入したコンピュータを学校に持ち込んで学習に活用するBYOD(Bring Your Own Device)方式で1人1台端末の導入が進んだが、日本は先進諸国の中で教育用コンピュータの普及が最も遅れていた国の1つであった(「表2-11」参照)。そのため、情報端末の整備が喫緊の課題となり2019年にGIGAスクール構想が導入されて公費による1人1台端末環境がようやく実現した。

「表2-11」:教育用コンピュータ整備率

国名教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数調査年
アメリカ3.1人2008
フィンランド3.5人(初等・前期中等教育)
2.1人(後期中等教育)
2013
オーストラリア
(ビクトリア州)
1.9人(初等教育)
1.0人(前期・後期中等教育)
2014
シンガポール4.0人2011
韓国4.7人2012
日本6.5人2014

引用:株式会社富士通総研、2015年『教育分野における先進的なICT利活用方策に関する調査研究報告書』p.152。

2.コロナ禍におけるオンライン教育の活用と課題

2020年初頭からはじまった新型コロナウイルス感染症のパンデミック により世界各地でロックダウンが進んだとき、UNESCOは「学校が閉鎖されても学習を止めない」をスローガンに緊急にオンライン教育の手法をネット上に公表し、各国・地域はそれらを参考に教育・学習体制を急遽構築した。突然発生したパンデミックに対してオンライン教育体制は驚くほど短期間で準備・実施されたが、その背景には世界中の個々の教職員の昼夜を問わない努力と共に、世界規模でのデジタル教科書、MOOCs等のデジタル教育教材の開発

、携帯端末の普及やネットワークの構築、EdTech企業によるクラウド等の教育サービスの提供などのインフラの整備がほぼ整っていたからである。GIGAスクール構想が始まっていた日本でもパンデミック発生から多少の混乱はあったが、オンライン教育が実施された。

他方で、コロナ禍のオンライン教育を通じて同教育の課題も見いだされた。学校の活動は認知と非認知の両面での育成に役割があり、学校内の生活やコミュニケーションに基づく「隠れたカリキュラム」が子供の発達に大きな影響を与えていたことが浮き彫りになった。コロナ禍の2年間で制限されていた教育活動はコロナ後の児童生徒の情緒不安定や不登校の増加に影響していると考えられ、そのケアが必要であろう。

 

3.クラウド・ビッグデータ・AIを活用した学習の効率化

 クラウドコンピューティングやビッグデータ、ディープラーニングなどの技術は、学習と校務のあり方を根本的に変えて教育の効率化をもたらしている。かつては個々のハードウェアの性能限界によって制限されていたことが、オンライン上にある教育資源プラットフォームにアクセスして教育活動を行うことができるようになったことから、様々なハードウェアを使用するBYODであっても学級やグループ内で同一の教育サービスを利用できるようになった。同時に同サービスを利用することで蓄積される学習ログはオンライン上に集積し、自動的にビッグデータが形成される。収集されたデータはディープラーニング技術を用いた人工知能(AI)によって今まで人間には分析できなかった大規模なもしくは個別化されたレベルで分析できるようになった。エストニアやフィンランドは世界トップレベルの教育の効率化を成し遂げているが、それらはクラウド等の技術を用いて適切にデータ分析を行って個別最適化された教育を提供しているからであるといえよう。教育の改善にはデータが重要であり、エストニアやフィンランドでは、国が統一的にデータを管理することで学習ログや児童生徒の情報をビッグデータとして活用することができ、英国やオーストラリア、中国でも同様に中央政府がこれらデータを集積・分析できる体制が整えられていることから、個人データの漏洩を必要以上に危惧するよりも、国内のあらゆる学校のデータを1箇所に蓄積しビッグデータ化して学習及び校務に活用することの方が教育効果のメリットが大きいのではないだろうか。

4.VR・AR・メタバースを用いた教育コストの低下

VR・AR・メタバースなどのデジタル空間を利用する技術も教育の物理的及び経済的制約を取り払うものであるかもしれない。例えば、コペンハーゲン大学がゲーム技術を元に開発したVRによる理科実験室は、理科室を設置する空間を必要とせず、実験器具を購入する必要もないため、児童生徒はどこにいてもオンライン上で集まってメタバース上の理科室で理科の実験をすることが可能である。また、職業教育において最も問題となるのは、職業訓練用の設備投資であるが、VR・ARを用いてその代替は可能であり、中国の職業教育機関では実験的な取組としてVR・ARを用いた職業訓練が実施されている。

5.生成系AIの可能性とリスク

 2022年後半から突如として世界の教育界の話題を席巻した生成系AIは、あたかも自我のある人間が人間の発した問いに「自然な」言語で答えてくれるため、例えば英語課題の作成をAIが補助するなどの効率化に貢献する一方で児童生徒がAIを用いて宿題を解いてしまうリスクも存在する。現在、黎明期にある生成系AIについては2023年2月にドイツの各州が、同年3月には英国が生成系AIを教育に導入するためのガイドラインを公表し、5月にはアメリカでAIが教育にもたらす機会とリスクを議論した報告書を公表するなど、各国の対応は模索段階である。日本では2023年7月に「生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を公表し、グループ活動での議論を深めるトピック作りや英語表現の改善、プログラミング学習での応用などの「活用が考えられる例」と各種コンクールやレポートなどの成果物のAIによる作成や創作活動での安易な利用、AIのみによる児童生徒の学習評価などの「適切でないと考えられる例」を示した。現時点では生成系AIは大規模言語モデルに基づいて統計的に正しいと思われる回答を出力しているに過ぎず、可能性とリスクを考慮して教育に活用することが有効と考えるが、今後の量子コンピュータ等の技術の進展とともに、現在教育を受けている子供達は自我を持ち人間を遙かに超える情報処理を行えるAIと対峙しなければならない未来が来るかもしれず、そのときに対応できる「生きる力」をどのように想定し、どのような教育を実行すべきか、今から検討する必要があるであろう。

参考:「株式会社富士通総研、2021年「『新時代の学びにおける先端技術導入実証研究事業』調査報告書(概要版)」、「株式会社富士通総研、2015年『教育分野における先進的なICT利活用方策に関する調査研究報告書』」、「文部科学省『諸外国の教育動向』各年版』」

(新井 聡)

本稿の内容は文部科学省を代表するものでなく、執筆者が公表資料等を参考に執筆したものである。

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