世界から見た日本のイノベーションの現況 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】
2024.05.22
3-2-8 世界から見た日本のイノベーションの現況
IMDの世界競争力ランキングにおいて、日本は1990年頃世界第1位であったが、その後20位台までに次第に低下し、最新の調査では35位まで下がっている。調査対象は63か国・地域であるので、上位半分にも入っていない。4つの指標のうち、経済パフォーマンスと科学技術を含むインフラは比較的高いが、政府のパフォーマンスとビジネスの効率性が低くなっている。今日国の競争力は、単に経済力や技術力のみでなく、より広い要因からとらえる必要があり、世界各国はこのような観点に立ってそれぞれ努力をしていると考えられる。また、競争力ランキングの上位国が、地域的に多様化しており、特にアジアの7か国・地域が日本の35位より上に位置している。即ち、アジア各国の動向にも従来以上に注意を払っていく必要がある。
もう一つの世界経済フォーラムの競争力ランキングでは最近10年間日本は10位以内の位置にあり、比較的安定している。ただ、このランキングでも第1位はシンガポールであり、日本以外に香港、台湾、韓国、マレーシア、中国が30位以内になっている。アジア諸国の台頭が目立っている。
これからさらに人口が減少する我が国が一定の経済力を維持していくためにはイノベーションにより労働の生産性を上げなくてはならないと指摘されている。イノベーションは、企業の競争力を高め、労働生産性を向上させることができる。2021年の労働生産性のデータを国際比較すると日本は49ドルで27位、これはアメリカの約6割にとどまり、OECD諸国の平均の60ドルを下回っている。残念ながらG7の中で最下位である。更に最近10年程度の変化を見ても、日本の伸び率は1.2倍程度であり、OECD平均伸び率の1.3倍を下回っている。即ちこのまま推移すれば日本の順位は更に下がり、世界の主要国との差は拡大する恐れが強い。よく日本のサービスや事務部門の生産性が低いと指摘されるが、国際比較すると日本の製造業でも海外主要国より低いレベルにあり、国全体として生産性の向上に取り組む必要性が高い。
ユニコーン企業数のデータから、日本の産業界に新しい高成長企業が十分には生まれていないことが示されている。2013年の調査開始時点では世界のユニコーン企業はわずか39社であったが、2017年269社、2020年563社、2023年1215社と急増している。日本はこのような世界の流れに乗れておらず、2023年で6社のみにとどまっている。世界のユニコーン企業が急増したのは各国でユニコーン企業創出のための支援策が充実した結果とみられている。これに対して、日本ではベンチャー企業への投資額が少なくスタートアップを育てるリスクマネーの供給が不十分であること、優秀な人材が起業しやすい環境が整っておらずそもそも起業家が少ないことが問題とされている。これに対応していくためには社会全体としてイノベーションとの親和性の高い環境を作っていく必要があり、各種政策の連携・展開が求められる。
OECDがハイテク産業と定義している医薬品、電子機器、航空宇宙の3つの産業の貿易収支はそれぞれの国の産業の技術力を見る一つの指標と考えられる。この指標においても、中国の輸出額、輸入額が2010年以降急拡大しており、アメリカを超えて第1位となっている。日本はフランス、英国、韓国と共に第4位グループを形成している。日本の特徴は輸出額が減少する一方で輸入額が拡大していることである。ここで取り上げた国々の中で輸出額が減少しているのは日本だけとなっていることが懸念される。輸出を産業別に見ると日本の場合、医薬品と航空・宇宙は共に10%以下であり、アメリカやドイツに比べて輸出に占める医薬品の割合が低いままである。科学技術基本計画がスタートして以来、一貫してライフサイエンスの振興が図られてきたが、産業面までの展開はまだ弱い。
最後の事項としてイノベーション調査に見られる企業のイノベーション実現状況を見た。この調査のポイントはイノベーションをより広くとらえるという世界の流れが提起されていることである。すなわち、これまで世の中に存在しなかった製品やサービスを生み出すという「狭義のイノベーション」ではなく、「自社にとって新しいまたは大幅に改善した製品・サービスの市場導入」という定義に見られるように、海外、あるいは国内の他の会社で実現済みであっても、自社にとって新しければイノベーションととらえると言う考え方をとっていることである。このような設計の調査で、上位のスイス、カナダ、オーストラリアでは全体としての実現率が50%を超えているが、日本は26%で21位にとどまっている。
以上、いくつかの観点を設定して、日本のイノベーションの状況を世界との比較で考察した。人口の減少が更に続く我が国が経済力で一定のポジションを保っていくためには、イノベーションが不可欠であることは言うまでもないが、現実には我が国のイノベーションは多くの問題を抱えており、特に改善の速度が世界の平均を下回る場合も多いことが認められた。このことは日本にとって大きな問題であり、危機感を持って対処していく必要があろう。今回のデータから指摘されることは次の3点である。
第1は、国全体としての投資のあり方である。政府部門のパフォーマンスを上げると共に、労働生産性を向上させるような投資に、新産業を起こしやすくするような投資にシフトしていくことが急務と考えられる。
第2に国全体としての人材の配置をとりあげる必要がある。新たな起業に挑戦するような人材、組織内でも新たなことに取り組む人材、更にこのような人々が活躍しやすくする社会環境を作っていく必要がある。このことは新しい技術分野を生み出し、育成していく上でも必須の事柄である。
第3に、イノベーションについてもアジアを中心とする新興国の存在感が急拡大していることである。欧米との関係に加えて、これらの諸国との連携・協力にこれまで以上に努める必要がある。
これらを実現していく上で、社会がイノベーションに親和的な環境や雰囲気を創り出していく必要がある。イノベーションは新たな挑戦の結果生み出されるもので有り、その過程では多くの失敗が繰り返されることは不可避である。このことに理解を示し、受け入れるような社会作りを目指す必要がある。その基本となるのは社会のダイバーシティを高める努力を続けるとともに、教育の一層の充実を図ることであろう。本格的なポリシーミックスを打ち出し実施していくことが急務である。
(桑原 輝隆)
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